好き嫌いと良い悪いはイコールじゃないから、そこを切り離すと自由になれる。

人間誰しも嫌いな人はいる。


僕もいる。

キレるくらいムカつく人もいる。

それはそれで悪いことではなく、好みの問題だ。


どうがんばっても合わない人はいるし

話し合っても理解できない人はいる。

それはもうしょうがないことだと思う。


嫌いな人は無理に好きになろうとしなくてもいい。

無理にあわせてストレスをためる必要はない。

さっさと割り切ろう。


ただ、ここで注意しなければならないのは

僕の(あなたの)嫌いな人は

僕が(あなたが)嫌いなだけで、人間として良い悪いではないのだ。


でも誰かを嫌いだなとか

クソっ、なんだよあいつ

って思うとき

人間は自分を正当化するために

相手を否定してしまう。


あいつの性格なんなん?

あんな言い方するやつロクな仕事できないよ

どうせ認めららないよ、いずれ寂しい思いするよ


と、嫌いな相手を否定する。

それは自分を正当化しようとするための思考

だということを理解しよう。


僕の(あなたの)嫌いな人は

僕が(あなたが)嫌いなだけで

人間としてどうとか社会的にどうとかは

全く関係ないのだ。


好き嫌いと良い悪いの結びつきを切り離そう。


切り離したらどうなるか?


好き嫌いはしょうがないから

無理に付き合うことを諦める。

まぁしょうがないよねって。


あの人はあの人で

好かれてる人はいるし

良いところもあるよね

私が勝手に嫌いになってるだけで。


もし自分が誰かに嫌われても

まぁしょうがないよねって割り切れる。

好き嫌いなんてみんなあるし

たまたま合わなかっただけだよね。

どんまいどんまいって思える。


そしたら

嫌われることを恐れることもなくなる。

好かれようと努力することもなくなる。


好き嫌いと良い悪いは全く関係ないんだから

誰かに嫌われても

自分の価値が下がるなんてことは一切ない。

それはたまたまだから。


それは

肉が好きだったり嫌いだったり

野菜が好きだったり嫌いだったり

パクチーが好きだったり嫌いだったり

納豆が好きだったり嫌いだったり

と同じなのだ。


だから嫌われたって悩む必要はない。

そう思えるには

まずは自分が嫌いな人を見たときに否定しないことから始まるのだ。


この世界は完璧だ。

良い悪いではなく、そういう役があるだけなのだ。


自由に生きるphilosophy.