抗うのを止めて身を任せてみよう。そうすれば世界は動きます。


昨日は東京からお客さんが来ていた。さっとんは以前、地域活性系の書籍の中の1つの章を執筆させてもらった。今回来てくれた方はその部分を呼んで江津に興味を持ってきてくれた。


出版社の担当者の方からの紹介だったので、なんとか楽しんでいって欲しいなと思ってご案内した。午後からの江津入りだったこともあったので、充分にとは言えなかったが、少しは江津の空気感をわかってもらっただろう。


今回のご案内で、不思議なことを感じた。



懇親会の人が集まらなかった。

市内を案内して、会ってもらいたい人に会ったあとに宿泊先のゲストハウスに向かった。(ここによく登場するアサリハウスというゲストハウス)


UIターン者と交流したいという要望があったので、懇親会にむけて人を集めたのだが、なぜかこの日がイベントやらなんやらが重なり予定の合う人が全然いなかったのだ。



結果オーライだった。

結論から言ってしまうと、結局それが結果オーライだった。お客さんは農業や地域活性系の書籍を扱っている出版関係の人だったこともあり、市内で有名な自然農法をとりいれている農家の方を呼んでいた。


そしてもう一人、市役所に勤めている方でもともと農林水産課にいた方も来てくれた。何人かに声をかけて、この二人しか来れなかったのだ。


でも、それがなんだか良かった。少人数で農業の濃厚な話に花が咲いていた。とても良い会になった。少人数はやっぱり良いもんだなと思った。



ベストな状態が引き寄せられる。

なんだかんだ言って、ベストな状態になるものなのかなと思わせられた出来事だった。しかも最後の最後に自然農法をやっている方が「死にかけた体験談」を語ってくれた。それがめちゃくちゃ面白かった。


人の話なので詳細は控えておくが、その話の中で「自分は生かされている」という言葉が出てきた。そして「どうにかなるもんだ」とも言っていた。


なんだか自分に投げかけられている言葉に聞こえた。



どうにでもなる気がする。

なんだかその話を聞いていて、どうにでもなる気がしてきた。というか、なるようにしかならない気がしてきた。


いくらこちらが試行錯誤を凝らして、考えて戦略を練って動いてみても、なるようにしかならないのではないだろうか。


もちろん戦略を練るのがダメというわけではなく、戦略を練るのが好きな人は戦略を練ればいいし、それは戦略を練るのが楽しいからやっているだけであって、ただそういうことで良いのではないだろうか。



なんだかいろいろ動き出してきた。

まだ具体的には言えないのだが、いろいろ身の回りが動き出してきた。どうしてもこれまでの癖で抗おうとしてしまう。


怖れの感情が生まれれば、リスクを回避しようとしてしまう。不安の感情が生まれれば、別の方法を探したほうが良いのではないかと弱気になってしまう。


でもそれらはただの「思い込み」であり。頭のなかで勝手に想像した、ただの根拠のないイメージだ。



抗うのを止めて身を任せてみよう。

身の回りに起こる変化に身を任せてみよう。そうすればもっと良い方向に世界が動き出すかもしれない。怖さや不安は、過去の自分がつくった弱気なイメージでしかないのだから。



自由に生きるphilosophy.