今日はまだまだできると決めた日。


さっとんは自己啓発や心のことが好きで、いろいろと勉強をしている。高校生のときに読んだ、夢をかなえるゾウから始まり、ザ・シークレット、嫌われる勇気のアドラー、7つの習慣、エイブラハム、本田健さん、最近で言うと心屋ぢんさん、happyさん、Qさん、ナリ心理学のナリくん、などなど、いろんな方々の本を手にしては勇気をもらっていた。


心のことが好きになったのは、人間関係にとても臆病だったからだ。といいつつ、人間関係に特別困ったことはあまりなかった。鬱になったり、引きこもったりすることはなかった。ストレスで左腕が痺れたり体の異変はあったけど、それでも普通に仕事ができるレベルだった。おそらくもっと大変な思いをしている人たちはたくさんいるだろう。


それでも、さっとんがこうやって元気に島根で暮らせているのは、ブログだったりFacebookだったりで本音を語る機会があったからだ。


先日Facebookでこんなことを書いてみた。

SNSがあったから、今のさっとんがいるといっても間違いない。SNSがなかったら自分の枠から出られることもなく、偽りの自分のままで生きていたに違いない。人生を変えた出会いがあったのもSNSのおかげだ。(当時はBBSとかチャットだった)



成功している人間は、もがき苦しんでいる。

さっとんは今、心のことやビジネスのことを一緒に学んでいる仲間がいる。その仲間とは毎日グループLINEでやりとりしている。日本全国にちらばっている仲間とやりとりができる素晴らしい空間だ。


ビジネスを本気でやりたい人もいれば、自分の好きなことをやりたいという人もいる。親や恋人との人間関係と向き合いたい人もいる。みんな苦しんでいる。みんな泣きながら自分と向き合っている。とても尊い場所なのだ。


中には月に100万稼ぎ出した人もいる。100万を稼ぐということは凄いことだが、ここで言いたいのは100万という金額を稼ぐことに価値があるとかどうとかではない。100万稼ぐ人間は常に前を向いているのだ。


常に前を向いているということは、常にポジティブであるということとはニアリーイコールだ。一見ポジティブに見える人間でも、水面下ではがむしゃらにもがき苦しみ、過度なストレスと葛藤の湖の中を泳いでいるのだ。まるで白鳥のように。


さっとんはお金が欲しかった。お金があれば今の生活から抜け出せると思っていた。今の生活というと語弊があるかもしれないが、別に困窮しているわけではない。生活する分には何も困っていない。ただ、仕事もプライベートもなんとなく上手くいっていないと感じでいただけだ。


自由が欲しかった。お金があって、フリーになれれば自由になれると思っていた。なんでも自分で決められて、朝早く起きなくても良い。好きな時に好きなことをして、好きなところに行けると思っていた。ビジネスで成功して、お金があればそんな生活が待っている。それは間違ってはいないだろう。


でも、現状からの逃げたいあまりにその自由を手に入れようとしたさっとんのエネルギーはそれほど強いものではなかった。いや、本気で逃げたかったのであれば、それはそれで良かったのだろう。逃げることもまた強いエネルギーになることがある。


「非常識な成功法則」という本の始めの章には「成功は悪の感情から始まる」と書いてある。何かから逃げたいという気持ちが強ければ、その強いエネルギーを使って目標をつかみ取れという意味だ。それはそれでいいのだ。


しかし、その「悪の感情」すらも足りなかったのが現状だ。つまるところ現状から逃げたいと思っていながらも、現状に甘え、現状に満足をしていたからだ。その甘ったるい現状から抜け出す勇気もなく、ただ強がって「自由になりたい」とか言っていただけだたのだ。


そして、こんな「自由に生きるphilosophy.」なんぞという、ふざけたタイトルをつけて今もこうやってブログを書いているわけである。


逃げたいんだったら逃げろ。今のままでいたいんだったら、何も言わず今のままでいろ。自分で自分にそう言いたい。心の勉強をしているのも、今のまま努力もしないで変わりたいという怠惰な心の現れだ。結局は今のままでいたいのだ。そして、都合よくまわりが変わってくれないかと、頭を抱えて震えながら祈っているだけなのだ。



もがき苦しむことが今の人生から抜け出す一つの方法。

今の現状から抜け出す方法は、ただひとつ。もがき苦しむことなのだ。もがき苦しみ、前に進むことなのだ。その助走期間が必要だ。落ちるところまで落ちることも必要だ。それを肯定的に捉えればいいのだ。


心の世界の人たちが声をそろえて言っていることはそういうことなのだ。もがき苦しまない方法を教えてくれているのではない。もがき苦しむことが、それほど悪いことではないということを教えてくれているのだ。むしろもがき苦しむことは楽しいことであり、実はなんともないことであり、それは自分の考え方でどうにでもなるということを言っている。


知ったようなことばかり並べて、あたかも「私は幸せなんです」ということを言っていても、やっぱり多くの人には響かない。それは自分ではなく、ほかの幸せな誰かの物語を読んでいるだけだからだ。その言葉に共感する人がいても、その人自身に共感することはない。面と向かって会えばそのくらいわかってしまう。本当のファンにはなってくれない。そんなものなんだろう。



自分が自分であることを伝えていきたい。

さっとんは、なぜかこうやって書いて伝えるということをしたいと思っている。それは何か意味があるのだろう。ただ、今こうやって書いている時も、自分が何を読んでいる人に与えられるのかが全く分からない。


ときには情緒的な言葉を並べてみる。ときにはライフハックのような実用的なノウハウを並べてみる。それなりに反応はあるが、続かない。


さっとんができることは、もしかしたらこうやって今思っていることをそのまま書くことだけなのかもしれない。飾ることなく思っていることをただ書くだけ。これはなんのノウハウでもなく、なんの価値の提供でもない。


でもそこに何かを見出して、自分の人生と照らし合わせて感じてくれる人がいれば嬉しい。しばらくこうやって書いていこうとおもう。誰かに何かを提供しようと思わず。誰かに凄いと思われようとか、アクセス数を上げて有名になろうとか、そんなことは一切考えず、今日あったこと、今日感じたことを淡々と書いてみよう。


まだまだできる自分の可能性を掘り起こすためにも。


今日はまだまだできると決めた日。まだまだ走り続けると決めた日。自分の人生から逃げることなく立ち向かうと決めた日。今はこれでいいと決めた日。自分は自分でいいと決めた日。それだけでいいのかもしれない。


あでゅ。




自由に生きるphilosophy.