他人のことより自分を大切にして、努力じゃなくて勇気を出して、世界最先端を目指す。

今日やるべきことに気づかされて

ふりもどされる出来事があった。


具体的なことは言えないけど

そんなに大したことじゃないけど

なんだか気づいたことが沢山あった。


1ヵ月前に

ビジネスコンサルを受け始めて

今やりたいこととか、将来のこととか

いろいろと自分と向き合うことをしてきた。


これも気づきがたくさんあった。

さいきん異様にFacebookの投稿が多いのも

LINE@をはじめたのも

このブログを書いてるのも

そのコンサルで自分と向き合ったから。


すべてはアウトプットなのだ。

心にたまっているものをとにかくアウトプットしているだけなのだ。


そんな中、チャレンジしてみたいこともあったので、やってみることにした。

お話し会はそのひとつ。

心のことをアウトプットする機会がほしかった。


コンサルやります!っていう記事をアップしたのは

ただ書きたかっただけで、これを書くことで次元上昇したかっただけ。


ほんでいろいろあった結果、

今の仕事とちゃんと向き合うことにしようと思った。


いや、「ちゃんと」というのは取り除こう。

向き合うってのもちょっと違う気がするけど、

要するに「流れに身を任せる」を極めることにしたと言えばいいのかな。


これまでの人生を振り返ってみると、

自分で何かをやろうとしたこと

びっくりするくらい上手くいかなかった。


「我」が出たものは全くうまくいかないのだ。

びっくりするくらい。

ときには怒られることもあるし、

怒られなくてもまわりがついてこないで、自然消滅する。


まぁ、それでもやり通すパワーがなかったと言われればそれまでなんだけど、

たぶんそれでもやり通す理由もなかったんだと思う。


だから、「我」という存在に気づくようになった。

「我」というものって何なんだ?って考えるようになった。


「我」の正体はまだ突き止めていないけど

なんとなくわかってきたのは

「我」というものは過去から生まれた執着なんじゃないかということ。


この過去から生まれた執着というものが厄介で

これがあると素直になれないし、本当に欲しいものが手に入らないのだ。

これを話し出すと、長くなるのでまたの機会にするとして、

とにかく「我」はそんなに必要ないのかも?って思うようになってきた。


そして、さいきん取り組んできたことも

振り返ってみると「我」だったのだ。

だからセミナーをやろうとしても、コンサルをやろうとしても

上手くいく気がしなかった。


と言うと、言い訳に聞こえるかもしれないけど

前向きに捉えると「そっちじゃないぞ」と誰かが教えてくれているような気がした。

「お前にはまだやるべきことがあるぞ」と。

これが流れだ。


いま僕は島根県の江津市というところで

地域活性に関わるNPOに所属している。

その界隈では全国的にもメディアに取り上げられたこともあるくらい

けっこうちゃんとしたところだ。


そんなところにいるにも関わらず

ここ1年くらい、あまり熱が入ってなかった。

(関係者には申し訳ないけど...)


理由は


・そもそも地域活性にはあまり興味がなかったこと

・自分でオリジナルなことをやりたいなとおもっていたこと

・心身ともにとても疲れていたということ


ひとつ目はあまり関係ないだろう。

興味がなくても、やりがいを感じられることはいくらでもある。


ふたつ目はもう解決した。

自分は「すごくなりたい」という思いが強かった。

「すごくならなきゃ」という思い込みに囚われていた。


だから自分はオリジナリティを発揮しないとって焦っていた。

でも、これはもう必要ないと気づいた。

ので、大丈夫。(詳細はまたの機会に)


問題はみっつ目だ。

心身ともに疲れていたのだ。

なぜか知らないけど。


ふたつ目に囚われていたことも理由かもしれない。

東京から島根に移住してきて、少しは緩和されたものの

根本的なことはあまり変わっていないように思える。


なんで?


って考えるたびに自分で自分の首を絞めている気がした。

でも、そこから抜け出すことができていなかった。

これが大きな悩みだった。


ここから抜け出すために

たくさん勉強した。

セミナーにもたくさん通った。

たくさんお金もかけた。

そして、今回のコンサルに出合った。


そこで

これまで学んできたものが一気に崩壊した。

これまで頭でっかちになっていた知識が

一気に腹に落ちてきた。

だから調子に乗っていたのかもしれない。


でもそのおかげで

また次のステップに気づくことができた。

(やっとこれからの話)


これからやるべきことを明確にしておく。


それは


「心のこと」をつかって「地域の問題」を解決してく


ということ。


ちょっと抽象的なので解説しておくと

心のこととは


がんばらないで、自分と向き合って、勇気を出して、自分の感性に従って生きるという考え方


のこと。


著名人で言うと

心屋さんとか、happyさんとか、ナリ心理学のナリくんとか。

(happyさんはちょっとスピリチュアルだけど)


それぞれの人が言っていることに共通しているのが、

自分を大切にすることだったり、がんばらないで勇気を出すことだったり、

他人に気を使わないで、自分の心地いいを優先することだったりする。


普通に考えられている

コミュニケーションや仕事の仕方や教育とは

ほどとおい正反対なやりかたで自由に生きて成功しちゃおう

というもの。


この考えが僕はとても好きだ。

そして、この考え方を使えば、地方の課題が解決できると思ったのだ。


ちなみに

僕がいま移り住んでいる、島根県江津市というところは

かなりやばい状態だ。


人口は2万4千ちょっと。

少子高齢化が進み、自治体も企業も担い手不足に悩んでいる。

医療は崩壊寸前。もちろん商売も厳しい。


そのうえ、土地柄、農業も適さないし

観光にも程遠い場所だ。


とはいえ面白いムーブメントが起こっているから

移住をしたわけなんだけど、

そのへんは長くなるので割愛。

(これもまたの機会に)


んで、何が言いたいかというと

江津市は日本の中でも有数の課題先進地なのだ。

とくに都市単位で言うと、かなりの先進地。


もう消滅寸前の村や集落は日本全国にたくさんあるとして

JRの特急が停車する都市としては、かなりやばいらしい。


ということで

課題先進地ということはどういうことかというと

いま江津市でおこっていることが

20年もすると、同じことが他の大都市でも繰り返されるということ。


だからいま江津市の人たちが最前線で戦っていることは

前代未聞なことばかりであり、これからの日本、

いや、世界の先進事例と言っても過言ではないのだ。

(ちょっと盛ってるかもだけど、そのくらいの心意気ということ)


ほんで

移住してきて気づいたけど、地方というものは

なんというか人間関係が都会以上に複雑

悩みを抱えている人がたくさんいるということを知った。


道を歩けば知り合いに出合う

お店に行けば知り合いに出合う

車を走らせてれば知り合いとすれ違う

車を駐車していれば場所を知られる

そんなことが日常茶飯事におこるのが田舎だ。


世間体とプライドにがちがちにしばられて

後にも先にも動けない人たちもたくさんいることだろう。

それは、とてもとてもつらいことだ。


おそらく地方の問題の多くはここにあると思う。

おそらくここが改善されればすべては上手くまわりだす。


この前の記事で、

「自由とは、自分がいなくても世界が回るということを実感すること」

ということを書いた。


★【大切なこと】自由とは?自分がいなくても世界は回ると実感している状態のこと。|自由に生きるphilosophy.


もしこのことが腑に落ちる人が少しでも地域に増えるのであれば

日本はもっと楽しくなるし、生きやすくなる。

そして、世代交代がスムーズに進み、若い人がまかされる社会になり

若い人が力を持ち、好きなことができるようになり、子供も増える。

そして、また次の世代へと移り変わっていく。


これが僕が描いている

「心のこと」をつかって「地域の問題」を解決してくこと

の終着駅だ。


ちなみに言っておくと、地域のためにとか日本のためにとか

そんなことは全く考えていない。

だって地域活性には全く興味がないから。


ただこの方向に導かれているというだけ。

どこに向かおうとしても八方塞がりだった。

行くべき道はここしかなかった。

けっこう明確だった。


ただそれだけだ。

何の意味があるかわからないし

どうせ半年後くらいには、またブレて違うことを言っているかもしれないけど

ひとまず今はこうやって思っている

ということを残しておく。


この世界は完璧だ。

全ては良い方向に向かっている。

世界を信じるのだ。

僕がやることはこれだけだ。


あでゅ。


自由に生きるphilosophy.