彼女は何も悪くない
彼女と喧嘩をした、そして仲直りをした。この体験から得られるものは沢山あった。まず彼女はとても我慢していた。そして、僕もそこそこに我慢していた。
ことの発端を話すと長くなるので、ここでは省略することにする。他愛もないよくあるすれ違いと言ってもいいのかもしれない。僕は小さな約束を守ることが出来なかった。彼女はそれに対して我慢が出来なかった。決して彼女は気が短いわけではない。小さな我慢を積み重ねて、塵も積もればなんとやら、その我慢が臨界点を超えて爆発しただけだ。
彼女は何も悪くない、ただ真面目な性格で、自分に課しているルールが人より少し多いだけだ。
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彼女が痺れを切らして怒っているとき、僕にも言い分があった。決して全て自分が悪いわけではないと心で思っていた。でもそれを伝えることは今の僕にとって、何にも意味のないことだと分かっていた。彼女は何も悪くないのだから。ありのままに感情を解放させているだけなのだから。だから何も言う必要はなかった。
彼女が痺れを切らして怒っているとき、僕はただ一言伝えた。「ムカつくなら、ぼろくそに否定してくれ」。なんならもう一言付け加えた。「気が済むまで、引っ叩いたらいい」。彼女はそんな僕にこう言った「そんなことできない」。
彼女はただただ真面目な性格で、自分に課しているルールが人より少し多いだけだ。彼女は何にも悪くない。しばらくして彼女は震える声で「今の気持ち」を言葉にした。ざっくりと表現すれば「なんでこんなこともできないの?」「それが意味がわからない」ということだった。彼女の声は怒りなのか悔しさなのか悲しさなのか何かは分からないが、もしくはその全てなのかもしれないが震えていた。
その瞬間から、これまで硬直していた空気がじんわりと和らいでいくような感じがした。二人の間にある空気が緩み、一定を保っていた距離が少し縮まった。
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怒りの感情は一種の解毒作用がある。心の中に溜まりに溜まった不純物を浄化させる作用がある。浄化と言うよりも排泄と言ったほうが正しいのかもしれない。それは人間の体にとってごく普通に行われる生理現象の様なものなのだろう。
僕らは食べ物を食べ、エネルギーを吸収し、不純物を排泄する。この機能が正しく行われなくなれば、僕らは病気になり死んでしまう。怒りの感情を排泄するということは、このくらい大切なことなのではないだろうか。きっと僕らが健康を保つために標準装備された、ごくごく普通な機能なのだろう。
彼女は何も悪くない。彼女はただただ真面目な性格で、自分に課しているルールが人より少し多いだけだ。ひとつ付け加えるとしたら、少しだけ他の人間のことを怖いと思っているだけだ。そして、それは僕も同じだったということだけだ。
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